九州北西部に位置する佐賀県は、豊かな自然に恵まれた魅力あふれる観光地です。東には肥沃な佐賀平野が広がり、西には有田焼や伊万里焼といった歴史ある焼き物の里、そして北には玄界灘、南には日本一の干潟を誇る有明海が横たわります。この多様な風土が育んだのは、美しい景色や文化だけではありません。その土地ならではの歴史、文化、そして自然の恵みが凝縮された「食」の宝庫、それが佐賀の郷土料理です。
本記事では、佐賀県に古くから伝わる伝統的な郷土料理を、定番から地域に根ざした隠れた名物、さらには独特の食材に焦点を当ててご紹介します。佐賀の風土が育んだ豊かな食文化を余すことなくお伝えし、皆さんの「佐賀の食の旅」への期待感を高めることでしょう。ぜひ、この土地でしか味わえない格別の美食体験をお楽しみください。
佐賀の郷土料理：定番編
佐賀県には、長きにわたり地元の人々に愛され続けてきた定番の郷土料理が数多く存在します。それぞれが持つ歴史や背景を知ることで、一層深くその味を堪能できるでしょう。
がめ煮（筑前煮）
がめ煮は、佐賀県だけでなく福岡県を含む北部九州の代表的な郷土料理で、「筑前煮」とも呼ばれます。鶏肉と里芋、ごぼう、にんじん、こんにゃく、たけのこ、れんこんなど、豊富な根菜類を一緒に煮込んだ料理です。多くの具材を使うことから、「寄せ集める」という意味の「がめくり込む」が名前の由来とされています。昔から日常の食事はもちろんのこと、祝い事や集まりの席でも振る舞われてきました。特に、佐賀の秋を彩る「おくんち」のような伝統的な祭りの時期には、各家庭で振る舞われる定番料理として親しまれています。
煮込むことでそれぞれの食材の旨味が溶け出し、醤油と砂糖をベースにした甘辛い味付けが特徴です。具材から出る出汁が全体に染み込み、深みのある味わいを生み出します。家庭料理として親しまれているため、佐賀県内の多くの飲食店で提供されており、お土産物店ではレトルトパックなども見つけることができます。
肥前茶粥（おちゃがい・おちゃがゆ）
出典：「佐賀 お茶粥（お茶がい）｜ご当地レシピ｜「黒樂シリーズ」土鍋で炊飯 かまどご飯釜で炊くお米は最高です！超耐熱セラミック土鍋|⧉」｜oishii-wa.jp
https://www.oishii-wa.jp/gtochi/saga.html
肥前茶粥は、佐賀県で日常食として親しまれてきた素朴なお粥です。江戸時代から米の節約術として始まったと伝えられており、凶作に備える知恵が詰まった料理でもあります。粉茶を袋に入れて煮出したお茶に米を入れて炊き込むことで、独特の風味とサラサラとした喉ごしが生まれます。
温かくても冷たくても美味しく、胃に優しいことから、特に体調が優れない時や食欲がない時にも重宝されます。現代では、梅干しや漬物、あるいは地元の海苔などと共にシンプルに味わうのが一般的です。家庭でも簡単に作れるため、佐賀の食文化を体験したい方にはぜひ試してほしい一品です。
須古寿司
須古寿司は、佐賀県白石町須古地区に500年以上前から伝わる伝統的な郷土料理です。かつて、農民を大切にした領主へ、領民が感謝の気持ちを込めて献上したのが始まりとされています。木箱に酢飯を敷き詰め、その上に有明海特産のムツゴロウ
出典：「有明海のアイドル！ムツゴロウを調理して食べてみた | ヌローライフ⧉」｜ヌローライフ
https://nullowlife.com/mutsugorou/
の蒲焼や奈良漬けなどを彩り豊かにのせて軽く手で押さえた押し寿司です。他の一般的な寿司とは異なり、独特の形状と具材の組み合わせが特徴です。
ムツゴロウは、有明海の干潟に生息する魚で、地元では「ムツ」と呼ばれています。旬は5月から8月頃で、干潟が広がる引き潮の時に「むつかけ漁」という伝統的な漁法で捕獲されます。素焼きにした後、醤油や砂糖などを使って甘辛く炊き上げたムツゴロウの蒲焼は、その独特の旨味が須古寿司に深みを与えています。佐賀県内の旅館や一部の土産物店、スーパーマーケットなどで購入できることがあります。
のっぺい汁
のっぺい汁は、全国各地に似たような料理がありますが、佐賀県でも日常の食事や集まりの時に広く食べられている具だくさんの汁物です。里芋、ごぼう、こんにゃく、しいたけ、鶏肉などの豊富な具材が使われ、とろみがついているのが特徴です。そのとろみは、里芋のでんぷん質や片栗粉などによって作られます。温かく、栄養満点であるため、特に寒い季節には体が温まる一品として親しまれています。
祝い事の際には鶏肉を入れたり、結婚式の席では小豆を加える地域もあるなど、地域や行事によって様々なアレンジが加えられるのものっぺい汁の魅力です。佐賀県内の多くの定食屋や和食店で提供されており、家庭の味として親しまれています。
だご汁（つんきりだご汁）
だご汁は、小麦粉と水を練って作った麺、または手でちぎった「つんきり」と呼ばれるだんごが入った素朴な味わいの汁物です。昔は主食がない時の代用品として食べられてきた歴史があります。野菜と共に煮込むことで、優しい甘みと栄養が加わり、体が温まる一品です。
地域によっては、タンパク源としてクジラ肉を入れることもあったと伝えられています。素朴ながらも滋味深い味わいは、佐賀の風土と人々の暮らしに寄り添ってきた郷土料理の典型と言えるでしょう。佐賀県内の道の駅や地元の食堂などで味わうことができます。共起語にある「つんきりだご汁」もこの料理を指します。
ツガニ飯
ツガニ飯は、唐津市七山を流れる玉島川で獲れるツガニを使った贅沢なご飯です。ツガニはモクズガニの一種で、その旬は産卵のために玉島川の上流から海に向かって下っていく秋から冬にかけてとなります。この時期のツガニは身がぎっしり詰まり、濃厚なカニ味噌が特徴です。
ツガニを米と一緒に醤油、酒、砂糖などで炊き込むことで、カニの旨味と香りがご飯全体に染み渡ります。その独特の風味と香りは、まさに秋から冬にかけての佐賀の味覚の代表格と言えるでしょう。唐津市周辺の飲食店や、道の駅などで旬の時期に提供されることがあります。また、一部の専門店ではお取り寄せも可能です。
佐賀の郷土料理：地域限定・隠れた名物編
佐賀県には、特定の地域でのみ発展し、地元の人々に深く愛されている郷土料理や、あまり知られていないけれど魅力的な隠れた名物が数多く存在します。それぞれの地域の風土や歴史が色濃く反映された、個性豊かな料理を深掘りしてみましょう。
鹿島市：ふなんこぐい
出典：「ふなんこぐい | 鹿島市［佐賀県］⧉」｜鹿島市［佐賀県］
https://www.city.saga-kashima.lg.jp/main/343.html
鹿島市に伝わるふなんこぐいは、昆布で巻いた鮒（ふな）を大根などの野菜と一緒に煮込んだ珍しい郷土料理です。300年以上前から鹿島市では、ふなんこぐいの材料を売る「ふな市」が続いており、毎年1月20日（二十日正月）には、えびす様にお供えする風習が今も残っています。この風習からも、地域に深く根ざした料理であることが伺えます。
骨まで柔らかく煮込まれた鮒と、昆布や野菜の旨味が溶け込んだ煮汁が一体となり、滋味深い味わいを生み出します。祝いの席やお正月に食されることが多く、地域のお祭りやイベントで提供されることもあります。鹿島市内の老舗料理店や、道の駅などで見つけることができるかもしれません。
有明海沿岸：ムツゴロウ料理のバリエーション
日本一の干潟が広がる有明海沿岸地域では、その独特の生態系が育んだ食材、特にムツゴロウを使った料理が豊富です。須古寿司でご紹介したムツゴロウの蒲焼もその一つですが、他にも様々な調理法で楽しまれています。
- ムツゴロウの蒲焼: 素焼きにしたムツゴロウを甘辛いタレで煮詰めたもの。ご飯のお供やお酒の肴に最適です。
- ムツゴロウの佃煮: 小さく切ったムツゴロウを甘辛く煮詰めた保存食。凝縮された旨味が特徴です。
- ムツゴロウの煮付け: 大根などと一緒に煮付けた家庭料理。骨まで柔らかく煮込むことで、独特の食感が楽しめます。
有明海沿岸の飲食店では、これらのムツゴロウ料理を年中楽しむことができます。道の駅「道の駅 かささぎ」（佐賀市東与賀町）などでは、加工品として販売されていることもあります。
唐津市：海の幸と山間の恵み
唐津市は玄界灘に面し、豊かな海の幸に恵まれた地域です。また、内陸部の山間部では、独自の食文化が育まれてきました。
- 呼子いかの活きづくり: 唐津市呼子町の名物で、透き通るような活きイカを職人が素早くさばき、提供する一品です。その鮮度と食感は唯一無二で、コリコリとした歯ごたえとイカ本来の甘みが特徴です。呼子の飲食店街では多くの店で提供されています。
- 松浦漬け:
出典：「有限会社 松浦漬本舗⧉」｜matsuurazuke.com
https://www.matsuurazuke.com/
クジラの軟骨を酒粕で漬け込んだ珍味です。軟骨のコリコリとした食感と、酒粕の芳醇な香りが絶妙に調和し、お酒のお供として親しまれています。唐津市内の土産物店や鮮魚店などで購入できます。
- クジラかつ: 佐賀県、特に唐津の朝市などで見られる名物です。臭みがなく、さっぱりとした味わいが特徴で、揚げたての熱々を食べるのがおすすめです。唐津市内の鮮魚店や一部の飲食店で提供されています。
有田町：呉豆腐
焼き物の里として知られる有田町には、独特の食感を持つ呉豆腐があります。呉豆腐は、豆乳に葛やでんぷんを加えて固めたもので、その食感はまるでプリンのようにやわらかく、なめらかです。一般的な豆腐とは全く異なる、もっちりとした舌触りが特徴です。
法事や祝い事の席で振る舞われることが多いですが、最近では普段の食事でも親しまれています。醤油や甘いタレをかけてデザート感覚で食べたり、わさび醤油でいただいたりするなど、様々な食べ方で楽しまれています。有田町内の豆腐店やスーパーマーケットなどで購入できます。
隠れた名物料理
- だぶ: 佐賀県各地、特に集落で昔から作られてきた汁物です。一度にたくさん作られることが多く、地域の人々が集まる際に振る舞われてきました。具材は地域や家庭によって様々ですが、季節の野菜を豊富に入れ、煮込んだ滋味深い味わいが特徴です。
- かけ和え: 質素な農山漁村で、かつてご馳走として親しまれた酢みそ和えです。旬の野菜や山菜などを、甘酸っぱい酢味噌で和えるシンプルな料理ですが、素材の味が引き立つ素朴な美味しさがあります。
- にいもじ: みずいもを使った夏場の日常食です。さっぱりとした味わいで、暑い季節に食欲をそそります。
- 栗おこわ: 佐賀の秋の味覚として、特に「おくんち」の席に欠かせない料理です。ホクホクとした栗の甘みがもち米の風味と合い、季節感豊かな一品です。
- 柿の葉寿司（佐賀県）:
佐賀県にも柿の葉で包んだ寿司が存在し、おくんち料理の一つとして親しまれています。柿の葉の香りが酢飯に移り、爽やかな風味を楽しめます。 - ゆでだご: 小麦粉で作っただんごを茹でた、昔から親しまれている素朴な味わいのお菓子です。きな粉やあんこをまぶしていただきます。
- 相知高菜漬: 唐津市相知町で伝統的に作られる高菜漬け。ご飯のお供としてはもちろん、炒め物などにも使われる万能な漬物です。
佐賀の郷土料理：食材に焦点を当てて
佐賀県の郷土料理は、その豊かな自然環境と深く結びついています。有明海の恵み、そして山間部の清らかな水と土壌が育む食材が、佐賀ならではの食文化を形作ってきました。
有明海の神秘的な恵み：ムツゴロウとシロウオ
出典：「＜まちの話題＞楠久川のシロウオ漁 住民ら環境美化に協力 | まちの話題 | 佐賀県のニュース | 佐賀新聞⧉」｜佐賀新聞
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/341848
広大な干潟で知られる有明海は、日本でも類を見ない珍しい生態系を持っています。その象徴とも言えるのがムツゴロウとシロウオです。
- ムツゴロウ:有明海の干潟に生息するユニークな魚で、地元では「ムツ」と呼ばれます。胸鰭を使って泥の上を這い回る姿が特徴的です。旬は5月から8月頃で、この時期に「むつかけ漁」という伝統的な漁法で捕獲されます。漁師が「むつかけ」と呼ばれる専用の道具を使い、干潟を移動しながら手作業で捕らえる光景は、有明海の風物詩となっています。ムツゴロウを使った料理としては、前述の須古寿司、蒲焼、煮付け、佃煮などがあります。独特の風味と泥臭さを感じさせない調理法で、多くの人に愛されています。
- シロウオ:早春に産卵のため川を遡上する、透明な体を持つ小さな魚です。2月上旬に伝統的な仕掛け「簗（やな）」が設置され、4月中旬まで漁が行われます。生のまま踊り食いで楽しむのが最も有名で、口の中でピチピチと跳ねる独特の食感が人気です。また、かき揚げにしても美味しく、フワッとした衣の中にシロウオの繊細な旨味が閉じ込められます。佐賀市や鹿島市など、有明海に注ぐ河川の流域で旬の時期に味わうことができます。
山間の清流が育む：ツガニ
佐賀県北部に位置する唐津市七山を流れる玉島川のような清流では、ツガニ（モクズガニ）が捕獲されます。ツガニの旬は、産卵のために玉島川上流から海に向かって下っていく秋から冬にかけてです。この時期のツガニは身が詰まっており、特に濃厚なカニ味噌が絶品とされます。
ツガニは、ツガニ飯として米と一緒に炊き込まれるほか、味噌汁の出汁として使われたり、茹でてそのまま食されたりします。その独特の風味と旨味は、佐賀の秋から冬にかけての食卓を豊かに彩る重要な食材です。
その他、佐賀の豊かな食材
- 米: 佐賀平野で育つ佐賀米は、佐賀の食を支える基盤です。肥沃な大地と豊かな水が、美味しい米を育みます。肥前茶粥や須古寿司、ツガニ飯など、多くの郷土料理でその美味しさを感じられます。
- 大豆: 呉豆腐の主原料となる大豆は、佐賀の加工食品にも多く使われています。
- 小麦: だご汁の「だご」の原料として、古くから日常の食卓を支えてきました。
- 野菜: 里芋、ごぼう、大根など、四季折々の新鮮な野菜ががめ煮やのっぺい汁、ふなんこぐいなど、多くの郷土料理にふんだんに使われています。
佐賀の郷土料理を楽しむための情報
佐賀県を訪れたら、ぜひこれらの郷土料理を実際に味わってみてください。地元ならではの雰囲気を楽しみながら、食の魅力を堪能できるでしょう。
佐賀で郷土料理を味わえる店
佐賀県内には、古くからの郷土料理を受け継ぐ老舗の料亭や、気軽に楽しめる定食屋などが点在しています。特に、有明海沿岸ではムツゴロウ料理専門店、白石町周辺では須古寿司を扱う店、唐津市呼子町では呼子いかの活きづくりを専門とする料亭が数多くあります。具体的な店舗については、佐賀県観光連盟の公式サイト (https://www.asobo-saga.jp/) や、各地域の観光情報サイトで最新情報を確認することをおすすめします。
また、道の駅や物産館でも、地元の郷土料理を気軽に味わえる食堂が併設されていることがあります。旬の食材を使った日替わり定食なども楽しめます。
郷土料理の購入方法（お土産）
佐賀の郷土料理は、お土産としても人気です。以下のような場所で購入可能です。
- 道の駅・物産館: 佐賀県内の各道の駅（例: 「道の駅 かささぎ」）では、ムツゴロウの加工品、ふなんこぐい、呉豆腐、相知高菜漬などが販売されています。
- 駅ビル・空港の土産物店: 佐賀駅や佐賀空港の土産物店でも、定番の郷土料理のレトルトパックや加工品が手に入ります。
- オンラインショップ: 最近では、佐賀県の特産品を扱うオンラインショップでも、一部の郷土料理や関連食材を取り扱っています。
また、松浦漬けや呼子イカの活きづくり
出典：「【公式】お魚処 玄海｜呼子のイカ活き造り・海鮮料理⧉」｜【公式】お魚処 玄海｜呼子のイカ活き造り・海鮮料理
https://yobuko-genkai.co.jp/
の真空パックなどは、全国発送に対応している店舗も多いので、自宅で佐賀の味を楽しむことも可能です。
佐賀観光と郷土料理を組み合わせた旅行プランの提案
佐賀の食を最大限に楽しむためには、観光地巡りと郷土料理の体験を組み合わせるのがおすすめです。
- 有明海干潟体験とムツゴロウ料理: 有明海の干潟を訪れ、ユニークな生態系を学んだ後、新鮮なムツゴロウ料理を堪能するプラン。
- 唐津城と呼子イカ・ツガニ飯: 歴史ある唐津城を観光し、呼子の朝市で活きの良いイカを味わい、秋から冬にかけては七山でツガニ飯を楽しむ。
- 有田焼・伊万里焼と呉豆腐・嬉野温泉湯どうふ: 美しい陶磁器を鑑賞しつつ、有田の呉豆腐や、隣接する嬉野温泉でとろけるような嬉野温泉湯どうふを味わい、温泉で旅の疲れを癒やす。
宿泊施設としては、嬉野温泉や武雄温泉などの温泉地で、地元の食材を使った会席料理を提供する旅館を選ぶと、より深く佐賀の食文化を体験できるでしょう。
まとめ
佐賀県の郷土料理は、佐賀県の豊かな自然環境、歴史、そして人々の知恵が凝縮された、まさに「生きた文化遺産」です。がめ煮や肥前茶粥といった定番から、須古寿司、ふなんこぐい、ツガニ飯といった地域限定の逸品、さらにはムツゴロウやシロウオといった独特の食材まで、その魅力は尽きません。
この記事を通じて、佐賀の食の奥深さを感じていただけたでしょうか。ぜひ実際に佐賀を訪れ、五感でその豊かな食文化を体験してください。きっと、忘れられない美味しい思い出が作れることでしょう。
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